前川×佐々木対談

前川×佐々木対談

タッグ五度目となる前川知大と佐々木蔵之介。新たな創作『ゲゲゲの先生へ』では、生涯異界にこだわり続けたクリエイターの大先達・水木しげるを取り上げるという。遺された膨大な作品と言葉から、二人はどんなメッセージを読み解こうとしているのだろう。ポスター撮影の合間に交わされた対話を採録する。
鍵を握るのは“ねずみ男”

――『ゲゲゲの先生へ』は特定の原作を持つものではなく、妖怪まんがの巨匠・水木しげる氏そのものが題材になると伺いました。

前川

はい、水木先生は僕が最も影響を受けたクリエイターの一人で、存在が大き過ぎてこれまでは手を出せませんでした。アニメ化もされた、『ゲゲゲの鬼太郎』のイメージが強過ぎたのも理由の一つ。でも、惹かれ続けていたのも事実で、ならば水木先生についてしっかり勉強し直し、水木作品の世界観、価値観や思想から舞台作品を立ち上げるという試みに、チャレンジすることにしたんです。


佐々木

前川さんの妖怪好きは自他共に認めるところだから、初めて話を聞いた時は「ついにやるか」と思いました。今回は、まず「一緒に何かやろう」という話があり、続いて「水木しげるに関わることを」と展開していったんだけど、水木×前川という化学反応から何が生まれるか、僕も非常に楽しみで。これまで前川さんが書いてきた、陰りを感じさせる劇世界が、水木作品の世界観を取り入れることで、ちょっと明るいほうへシフトする予感が個人的にはあるんです。水木先生は作品もご本人も、チャーミングな印象があるから。


前川

それはあるかも知れません。同時に、改めて資料を当たってみて気づいたのは、水木先生の創作の原点、それを支える精神性の部分には、戦争や貧困など笑えない現実が色濃く投影されている、ということ。先生は、それらをきっちり笑いでくるんで楽しい作品にしていますが、シリアスとユーモアのバランスを作中でどう取るかは、今回ポイントになる気がしています。


――水木作品=『~鬼太郎』のイメージを、覆す舞台になりそうです。

佐々木

僕も『~鬼太郎』世代だけれど、同じ“あの世”の話でも、神様については学校で教えることがあっても妖怪や幽霊に触れることはないでしょう? でも子どもたちの興味は圧倒的に妖怪寄りで、ある種ヒーロー的存在だった記憶がある。ただ今回は妖怪を、ヒーローやキャラクターとして扱うことはないと、ここまでの話でもしてきた訳だけど。


前川

「コスプレせずに鬼太郎はできるか?」、みたいなことも話し合ったりしましたね(笑)。


佐々木

水木先生が考え出した妖怪たちについても色々な話題が出たけど、一番好きだったのは、ヒーローからはほど遠いねずみ男だった、と。


前川

そうなんですよ。


佐々木

モデルがいて、水木先生のまんが家仲間だったんだよね。まんがも描かず、いつも金儲けの方法ばかり考えていて、でも全く報われなかった。なのにちっともへこたれず、いつも元気でという本末転倒な人(笑)。水木先生自身が、そういういい加減な人や事に憧れがあった、と思わせる文章もあってまたイイんですよ。戦時中に派兵された南洋の島では、暑さのため人が一日2、3時間しか働かない、その生活様式を羨ましがっていたとか。


前川

ご自身は貧しさのため、めちゃくちゃ働かなければならなかったから。


佐々木

だから、いつもは公演に向かって必死に稽古するけれど、今回は一回三時間くらいでいいかな、と思ってるんだ。


前川

なんでそうなるんですか!


佐々木

いや、水木先生の精神性を体現するにはそのほうがいいかなって。まだ暑い時期の稽古だし、シェスタ(昼寝)はマストってことで(笑)。


前川

そんなのんびりした稽古場になるかどうかはわかりませんけれど、水木作品に独特の“緩さ”があるのは確かです。どんなシリアスな状況にも、しょーもないギャグを入れ込んだりする。「屁」がオチとか(笑)、あれは真似できません。
 そんな“緩さ”の象徴が、ねずみ男というキャラクターで、半分妖怪で半分は人間という設定も彼だけ。他の妖怪は空腹も死も無関係のところで存在しているのに、ねずみ男だけはいつも腹を空かせたり、金の心配をしたり、あくせくしている。


佐々木

いわば「妖怪人間」だよね。


前川
ぺしゃんこになっても死なないとか、妖怪らしさもあるけれど、圧倒的に人間臭いんです、ねずみ男は。で、蔵之介さんには、ねずみ男から発想した半人半妖の「根津」という男を演じていただこうと思っています。半妖怪ということには、すごくドラマがある。どっちつかずで、どちらの側からも弾かれてしまう時もあれば、二つの種属の架け橋にもなれる。劇世界を色々と広げてくれるキャラクターになるはずです。

劇場は闇と光の境い目にある

佐々木

まだ日本の近未来、そのパラレルワールドが舞台というところくらいまでしか決まっていないけれど、前川さんと組ませていただく時はいつも、前川さんとしかできないことをやれている、という充実感がある。SF的世界観、ちょっと哲学のようなパートもありつつ、きっちりエンターテインメントにまとめ上げて観客を魅了する。今回も、その共犯になれることが嬉しくて。
 もう一つ、まんがというメディアは、言葉を駆使する演劇とは違い、絵と余白で言葉を補えるメディアじゃないですか。でも目の前にないもの、見えるはずのないものを想像力で現出させるところは共通で、両者がどう舞台上で融合し、何が立ち上がるかは僕自身もとても楽しみですね。


前川

水木先生は、生涯を通じて“妖怪=この世には目に見えないものがいる”と、色々な形で発信し続けた。その根っこにあるものは、おこがましいけれど、僕が演劇で表現したいと思っていることに通じている気がするんです。そこは、作品の中にきちんと折り込みたいと思います。


佐々木

でも劇場ってそもそも、闇と光の境い目にある場所でしょ?


前川

確かに! 見えるかどうかギリギリまで明かりを落とし、観客に目を凝らさせることで、見えないものの気配を感じさせる。独特の感覚が劇場にはあります。


――劇場に入ると、いつもより感覚が鋭くなる気がします。

佐々木

伊勢神宮へ行くと、「何者かがここにおわす」という敬虔な気持ちが自然に湧くけれど、劇場でも同様に「この闇に何かがいる」と感じる瞬間がある。その点、今回の題材を舞台化することは、必然かも知れないね。


――お二人の仕事場である劇場が“見えないもの”を感じさせる場所、というのは至極納得です。劇場以外でも、同様の経験をすることはありますか?

前川

蔵之介さんは、霊感ありますよね。


佐々木

うん、霊的なものを見たり感じたりはしますけど……割と俳優の仕事をしている時、チョコチョコ感じていることかも知れない。


前川

どういうことですか?


佐々木

戯曲やシナリオの言葉を表現する時、作家の考えを体現するだけでなく、自分のフィルターを通すことで、作家が考えていなかったであろうことまで探してしまうことがあって。


前川

あぁ、自分で知るはずのないことに触れる感覚ですね。それは書いていてもあります。自分でコントロールするだけでなく、“何か”に任せて筆を動かすみたいな。俳優を見ていても、「今、同じような状態だろう」と思うときがあります。


佐々木

それに年齢を経て、前より委ねることが増えた気がして。技術が増えた分、体力的にキツいこともあるから、そういう時は“何か”に任せてフワッと演ってみる、とか。


前川

イイですねぇ、既に今回描きたいと思っている境地を蔵之介さんは知っている感じがする。まだ台本は完成していませんが(笑)、僕が今考えていることを肯定してもらえたようで嬉しいです。


佐々木

こちらこそ、水木先生と前川さん、二人の作品世界を橋渡しできること、楽しみにしてますから。



テキスト:尾上そら